空の声を聴く

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IMG_2995.jpg 5月3日から5日の「鎌倉春期修練会」に参加することは、すでに書きましたが、15日の「新緑の一日行修会」(空の声聴く、1日まるごと安定打坐)、東京の会にも参加することにしました。
 この日は札幌から会場へ直行して11時からの飛び入りとなります。午後からの講演題目が「安定打坐と自己の確立」、「安定打坐で今を活きる」と実習と安定打坐に特化した行修会になるので参加することにしました。東京の会もコロナ以後はじめての行修会になるという。
 これまた30年ぶりの参加とでして、5月はすっかり天風となります。いずれも私のような参加者は「出戻り組」と言われるようですが、出戻りでも帰る家があるのは幸せなことです。
 別件ですが、天風会の名誉顧問であられた尾身幸次氏が、先日4月14日に永眠されたと発表された(享年89歳)。
 また一人、天風のお弟子さんが還霊された。鎌倉春期修練会の冒頭で、クンバハカ黙祷ができました。
 ご冥福を祈ります。 合掌

鎌倉春期修練会

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IMG_2816.jpg 5月3日から5日に開催される「鎌倉春期修練会」に、赤札組として30年ぶりに参加することにした。
 上記にあります富士を仰ぐ江ノ島の写真を見て即決しました。まさに富士と湘南の海に呼ばれた感です。
 参加の目的は先月のエッセーに書きましたが、「不孤」孤ならずとして長い間一人で行修を続けていますと、どうしても基本からズレが生じてきます。私はそれを「天風2.0」とし、それでよしとしてきましだが、まずは「1.0」と「2.0」の調整です。
 天風師が直接指導した50年間を「天風会1.0」、帰霊後は直弟子と古参会員を軸とした50年を「天風会2.0」、そしてこれからの50年間を孫弟子や新会員が継承してゆく「天風会3.0」とするとのことです。たいへん興味深い区切り方だと思います。
 私は「2.0」のままでいいのではないかと考えていましたが、世の中が情報デジタル社会に大きく変わった今、そうも言っていられなくなりました。
 では、「天風会3.0」とは、何をもって3.0なのかを考えさせられています。新しいよい方法があれば、即刻に取り入れてきた天風師なら、この新時代にどう対応して行くのか考え続けています。
 「真理は不滅」と言われるなかで、易不易をどう選別して行くのか、すでに「3.0」に進化しているのか、今回の修練会だけでは方向性が見えないとは思うが、その糸口だけでも掴めれば考えています。

天風会3.0

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 「志るべ」2022年1月号に「天風会は3.0」なるコンセプト策定し、ポストコロナに向け永続的な発展を推進してゆく」とのことです。
 天風師が直接に教示した50年間を「天風会1.0」、帰霊後に直弟子や古参会員を中心に引き継いできた50年間を「天風会2.0」とし、今後50年間を孫弟子や新会員が継承してゆく「天風会3.0」とするとのことです。今風の ITバージョンアップの用語を用いて上手く仕分けています。
 私は海外で37年間一人行修しているため「1.0」の基本は押さえながらも、いつしかかなり自己流になって来ています。また行修に無いものを補うために、また加齢に対応しながら変えて来ています。私はそれを「天風哲理2.0」と自称して来ました。私はそれでよしとしてそこに留まっています。
 さて、そこで「天風会3.0」とは、何なのかと考えてしまいました。何をもって3.0なのか。ITを駆使したデジタル化の教義を指すのか、それも一つの方向性かもしれません。孫弟子も高齢化し少なくなって来ていますので、新たな「天風会3.0」の世代替えの工夫が必要なのかと思います。
 私は天風師ならこのデジタル新時代にどう対応したかを常に考え続けています。師は「真理は絶対」「宇宙霊は不滅」と言っています。それを、ひ孫弟子や玄孫弟子がどう受け継いでいくのか、天風会は難しい課題に直面している事と推察します。会のご健勝を祈りたい気持です。
 私の考えますのは無理して3.0とバージョンアップしなくも、基本というか基盤となる天風哲理1.0の行修を徹底させ、それを継承して行けばよいと思う。それが天風会のやることで、後は各自の求道に任せておけば良いのでないか。
 誠に有り難いことは「道を求めて来た者に、そこに教えの場がある」が、天風会の存在価値です。求める者にいつでも1.0のドアを開けておくべきです。数ではない、一人が求めて来たら、その一人にアナログの1.0を全力で教授すればいい。
 真理は絶対、一人を恐れるな、天風は一人であった。

コロナ対策

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 コロナ感染の非常事態宣言の騒ぎもまる2年になります。天風会も厚労省の感染拡大防止策の指示にしたがい、行修会を中止してZOOMでの教義に切り替えました。
 私はこの間に「もし天風師ならどの様な行動を取ったか」と常に問いかけてきました。
 師はスペイン風邪流行の真只中で、上野の樹下石上で辻説法を始めています。また、インフルエンザや花粉症にも「顔に褌をして何になる」と言われています。なんのための心身統一、呼吸操練なのだと言うことです。その一方で「人様に迷惑をかけなければ」を、前提としています。ではどう行動したらいいのか考えました。
 私自身は武漢ウイルスと闘うことを決意して、負けてなるものかと不用不急の中でも有要有急として1日も休まず通常通り仕事を続けてきました。でも、頑なにならず必要に応じてはマスクし、ワクチン接種しました。
 今こそ天風哲理の実践と思いましたが、天風会のとった選択を非難する気もありません。社会的責任と自己の責務の葛藤もあった事と思います。
 ただ、ZOOMでの教義にこれでいいものかと考え続けていました。私も仕事上テレワークーでZOOMをよく使うのですが、教義の使用はどんなものかと思っています。ZOOMは目と目が合わないという限界がありまして、生身の人間との臨場感が気薄なってしまいます。というか気が伝わらないのです。仕方のないことと言え、また講師の方々のご努力に敬意を表しますが、これだけでは行き詰まります。
 師は天風会館の落成の時にこうも言っています;
 「心身統一法という天風哲学を自分以上に熱心に実践した人間はいない。また、だからこそ自分以上に人の心に深く伝えられる人間もいない。従って天風の二代目はいないのだから、これから先は天風会館を、自ら一人ひとりが心身統一法を学ぶ教えの殿堂としていってほしい」。
 殿堂は閉めることなく、ZOOMではもの足りぬ方に予約制で、健康確認と相合距離を保つことを前提で、教えの場としていつでも解放したら思います。
 言葉では習得できない体得の教義もあります。その時に教えの殿堂は有り難いものです。求道は一方通行でなく、自らが求めて行くものです。その時に教え殿堂が在ることはなんとも有難い。

2022年

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天風会の方は「朝日」を「宇宙霊」に置き替え「私は宇宙霊と一体となって甦り」と詠まれることでしょう。
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信念の奇跡

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IMG_2485.jpeg  「信念の奇跡」についてはすでにブログ書いたので重複になるのだが、エッセー欄に載せて置きたく思う。
 日本経営合理化協会からの久々に「信念の奇跡」が刊行されました。
「成功の実現」、「盛大な人生」、「心に成功の炎を」、「いつまで若々しく生きる」、中間に「君に成功を贈る」を挟み、これで箱入り机上版の五部作になります。
 天風哲理の同じ内容の繰り返しなのですが、いずれも読んでも面白く新しい気づきあります。なかでも「信念の奇跡」は、最晩年の講演が多く収録さていてこれまでの復習を兼ねた円熟した著書になっています。
 いずれも発行者が日本経営合理化協会の「牟田学」になっています。私は数十年前に日本経営合理化協会のセミナーに参加したことがあり、その時に牟田学氏を知見しています。「成功の実現」の出版で第二次天風ブームを巻き起こした牟田氏は、私の最も憧れ羨ましく想う人になっています。この刊行は私もやりたった。
 ただ、今回の発行者名が牟田学から後継者である牟田太陽になっていました。細かなことは知りませんが、またして先を超されました。私は「天風哲理2.0」のバージョンアップに「日拝」を加えたく考えていましたら、すでに太陽になっていました。牟田学氏に、感謝、感謝です。

中村天風の歴史

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IMG_2365.jpeg 松本光正著「中村天風の歴史」を一気呵成に拝読。いや〜実に面白く貴重な資料になりました。
 愛弟子だった大井満氏が遺された著書、「ヨーガの里」「戦場と瞑想」とすれば、本著書は天風最晩年の直弟子が残しておかねばならぬお仕事でした。
 先ずは積年の歳月をかけて奉程した事に敬意と感謝を捧げたい。天風会はこうした資料を基にして再度「天風の略歴」を書き加えが必要となります。
 私は松本氏と面識ありませんが、「呆けずに長生き」「君子医者近寄らず」「強い人生を作る中村天風の言葉」「やっぱり高血圧はほっとくのが一番」を拝読してきましたが、まさかこれほどまで「天風おたく」(自称)を実践していたとは知りませんでした。実に痛快です。
 天風師の歴史をできる限り正すための時代考証と「ありばい」の検証だけで1冊の本に仕上げて出版されるとは、松本氏の強い信念と思います。果たして今この本を手にする「天風おたく」がどれほどいるのか興味がつきません。「天風を世に広める会」の会長を自認し会員1人といいますが「不孤」、ご健勝をお祈りいたします。
 内容についての議論は差し控えますが、天風師は徹底した「平和主義者」と「平和」の言葉が好きだったとありますが、これはどうかなと思います。戦後は「平和至上主義」で、天風師にしても世の風潮に迎合して「平和」を使わざるを得なかったが、私の最も嫌いな語彙となっています。戦後に育ち吐き気がするほど偽善的で使い古された「平和」を、叩き込まれた世代のためと思います。ですから私は「平和」をすべて「調和」に書き換えて「和を以って尊し」を採用しています。
 「おわりに」ある著者の生活信条は「天風おたくを通すこと」とあり、私も大賛成です。著者はここでコロナ感染のなかノーマスクを通し診療中もそうしているとあります。天風師が「マスクはするな、口に褌してどうするのか」を、実践しています。天風師はスペイン風邪の猛威の時期に辻説法を始めていました。
 「待ってました天風おたく!」これぞ直弟子です。でも、これではやはり絶滅危惧種です。一方で天風師は人に迷惑をかけないことを前提としていました。いま絶滅危惧種にならぬよう「天風哲理2.0」のバージョンアップが必要になっています。これは孫弟子の仕事になるのでしょう。

10:1.jpeg  天風師の愛弟子で「ヨーガの里」「戦場と瞑想」の著者、おおいみつる(大井満)先生から和紙の便箋に墨筆のお手紙を3通いただいていまして、私の御守りとしてビジネスバックに入れて常に持ち歩いています。
 その1通の手紙に、私のヨーガの里の旅を労った後、「師の心は医学、ヨーガ、日本的武士道の三本柱で、日本人としての誇りこそ国際協調の源」と書かれていました。
 私はこの書簡を何度も読みながら、あまりにカリアッパ師との邂逅が衝撃だったため、ヨーガに偏重し過ぎて日本的武士道の一本柱を欠落する大きな誤りをしてしまいました。
 天風師は33歳でアメリカ、ヨーロッパに渡り、35歳の9月にヨーガの里に入っています。かりにそこで命の甦りを果たしたとしても、生まれ変わったわけではありません。やはり日本的武士道が基盤となっているわけです。いや、むしろそちらの方の比重が大きいのかも知れない。ですから、おおいみつる先生も「ヨーガの里」についで第二弾「戦場と瞑想ー若き日の天風ー」を書かれたのだろう。
 そんなことで、天風師を日本的武士道の方面から再度の見直が必要となりました。でなければヨーガの日本化した真意が理解できません。

叡智のひびき

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021 卓上箴言カレンタ?ー01.jpeg 7月の「真理のひびき」を、毎日の日々に沿って1日1箴言を読み進め、8月はもう一つのカレンダーの箴言註釈「叡智ひびき」読み進めました。2冊とも電子書籍になっています。
 また「叡智のひびき」は、天風メルマガ「一日一話」で、各月の
箴言として採用されています。
21XABAXVBRL.jpg 60年数年前に「志るべ」誌に掲載したものですので、文体は少し古いので下の欄に注釈を加えていますが、書かれている内容はページごとに新たな気ずきがあります。これをお弟子さん日めくりカレンダーに編集したお見事です。
 例えば、1日は積極心の堅持、7日はクンバハカのすすめ、18日の「縁」ついて「原子や素粒子の結合同化と同一の原理と原則の下に活動する、微妙なる宇宙エネルギーの特殊作用の一つである」と説示しています。
 28日の箴言に「物や事の推移変遷のするのは、いっさいの物、事を完全化しようとするアトミックカルパスクル(極微粒子)の本来作用である調和の復元という作用の表われであり」この「愛の情こそ和の種子であり、稔りの力である」。
 そして、31日の締めは「我らの誓い」にある、「三勿三行」、怒らず、怖れず、悲しまず、正直、親切、愉快になります。そして今日一日の活き方を、宇宙霊に厳重に堅く誓うのである;
 「誓いの言葉」
 今日一日
 怒らず、怖れず、悲しまず、
 正直、親切、愉快、
 力と勇気と信念とをもって
 自己の人生に対する責務を果たし
 恒に誠と愛と調和に満たされた
 立派な真人と活きることを
 自分自身の厳かな誓いとする。

真理のひびき

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010 真理のひひ?き-768x1126.jpeg 7月は天風師の最後の著者となり、後に日めくりカレンダー(赤)になった「真理のひびき」―天風哲人新箴言註釈―を、1日1箴言を読み進めた。
 箴言註釈は「志るべ」誌上(1956年29号から1962年59号、天風師80歳から86歳)に連載した寄稿文で、後に天風会員の生活の指針として、日めくりカレンダー(赤)にしたものです。箴言註釈は天風会員に向けに心身統一法の復習を込めて非売品として刊行されました。
IMG_1961.jpeg 私は1986年以来、日めくりカレンダー(黒)とともに、その日の精神的な指針としてきました。同時に箴言註釈も何度も繰り返して読んでわかったつもりでしたが、今回あらためて箴言註釈を読みまして、毎日新しい珠玉の発見があり、そのつど線を引いて書き出す始末でした。
 さすがにカレンダーは黄ばみ古くなりましたが、箴言の普遍性は日めくりの如く新鮮のままでした。真理は不変ということなのでしょう。
 こうして「箴言註釈」は、1996年に「真理のひびき」(講談社)で引き継がれました。来年赤のカレンダーを買い換えようとしましたら、すでに廃刊になっていました。惜しいことです。
 8月はもう一つのカレンダー(黒)、箴言註釈「叡智ひびき」の復習です。

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