真理瞑想、付録

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 6月のサイトに杉山元会長の真理瞑想を、第6部「創造的人生」として掲載しました。8月は真理瞑想の付録として書き留めてあったフレーズや落ちを記載しました。
 これで私が書き起こした杉山瞑想録テープの全部となります;

「我が生命は大宇宙の生命と繋がっている」
「活きて 活きて 活きて ひたむきに活きて 生き抜く」
「吉野山 ころんでもまた 花のなか」
「時は命なり」
「大宇宙は結合と建設、分解と還元を繰り返し、繰り返し、そして絶対の生を貫く」
「私は宇宙霊と一体である」
「同行二人」
「自分自身に対する言葉、他人に対する言葉、宇宙霊に対する言葉、すベてに積極一貫」
「口害を振りまくな」
「30、40鼻たれ小僧、50、60花ならつぼみ、70、80働き盛り、90を過ぎて迎えが来たら、100まで待てと追い返せ」
「楠千年ふたたび今日の若葉かな」
「天風会は宗教ではないが、宗教的な焼きつくような信念を教えています」
「修行は信念を創るため」
「天風会は本体論から入ります。そのまま本人が強いのだとの断定から入りますから、スカットしていて極めて爽快で天風先生的ですね。現象界から入りますと、現象界がどうにもならないから、神仏を設定してそれに頼ることになりますから、どうしても他力本願となってしまいますね」
「何かあるのが人生だ、何もなくないよ、嵐のあるのも人生です。天風会は新興宗教でないから、拝めば荒らしが避けてゆくなど決して言わない」
「10円投げ入れて、無病息災、商売繁盛、家内安全を祈願したら、1願3円30戦ではないか、そんな虫のいい話はないよ。それを受け入れたら神仏は受託収賄になってしまう。こんな神仏を冒涜した話もないね」
「大自然から与えられたものはネイチャーであり、それをいかに引き出して創造するかがカルチャーであります。このネイチャーとカルチャーを、一体化したところに心身統一法が堂々として展開される」
「できます やります 頑張ります」vs「いやです だめです 出来ません」
「飲みたい、食いたいは動物心、理性心の行き詰まり、その理性をうまく統御するのが霊性心」
「超常現象のテレパシー、透視、念力、予知能力は誰にでもある。それには出来るという信念、心の積極化、安定打坐の開発訓練が必要である」「たとえ骨が砂利石の如く砕けても、肉がなますの如く飛び散っても、けして弱音を吐くまいぞ。常に心というものは菊水の御旗を潮風になびかせる如くに常に颯爽たれ!」
「お金をかけなければ幸福になれない人は、いつまでもお幸せになれない。幸福とは感じるものである」
「箱根山 籠に乗る人 かつぐ人 してまた草鞋をつくる人」
「晴れてよし 曇りてよし 富士の山」
「悟れたと思った時が迷いなり」

吾等の誓

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IMG_3313.jpg 天風誦句集の冒頭に「誓詞」という「誓いの言葉」があります。
 これは今アメリカ野球で大活躍しています大谷翔平選手が、愛読していたという「運命を拓く」の誦句集では、惜しい事になぜか割愛されていますが、天風会員が先ず行修のはじめに唱える大切な誦句となっています;
 「誓いの言葉」
 今日一日 
 怒らず 怖れず 悲しまず、
 正直 深切 愉快に、
 力と 勇気と 信念を持って
 自己の人生に対する責務を果たし
 恒に平和と愛とを失わざる
 立派な人間として生きることを、
 厳かに誓います。
 
 非売品の本著書は、天風会第四代目杉山彦一会長が、たった8行だけの誦句に2段擦りで183ページを割いて、一行一言ずつ解釈したものです。「志るべ」誌に、3年間15回に連載したもので、それほど大切な誦句ではありますが、これには驚きました。
 でも、私は天風師のお叱りを覚悟で、最後の三行に修正を加えました;
 常に誠と愛と調和に満たされた
 立派な真人として生きることを、
 自分自身の厳かに誓いとする。

補足:
 「吾等の誓」を拝読し、思うことがあり私の一番好きな杉山元会長の真理瞑想「創造的人生」を、本サイト第6部として追加掲載することにしました。これで私が書き出した杉山講演の全部となります。是非ご参考してください。

IMG_3208.jpg 5月、「鎌倉春期修練会」と「東京新緑の一日行修会」参加してきました。
 行修会の締めの言葉と動作「力と勇気と信念だ! ソ〜レ 力と勇気と信念だ!ソ〜レ 力と勇気と信念だ!」を、長らく忘れてしていました。さっそくアメリカに持ち帰り再実行を始めました。これはこの度の大きな収穫でして。
 修練会終了後の余韻のなか、清々しさ、爽快さ、宇宙に浮いたような無重力の感覚はなんなのだろう。宇宙霊に魂が抱かれるとはこのことなのだろうか。
 当初30年ぶりの修練会でしたので、自己流の行修と天風会の基本とのズレを調整したく参加しましたが、統一式体操に若干の修正があつただけでした。考えてみれば日々繰り返していることなので、たいしてズレることもなかったようです。ですのでこれまで通りの自己流を続けて行くことにしました。
 しかし、今回「鎌倉春季修練会」と「東京新緑一日行集会」に参加してみて、天風教義の面で以前とは大きく変わった事がありました。かつて杉山元会長の教義の時に、まだその時でないという配慮からか「宇宙霊」という語彙を、極めて慎重に控えめ使用していました。
 ところがこの度、講師陣が教義されたなかには「宇宙霊」「宇宙霊と一体」という語彙が、かくも頻繁に出てきました。これは私にとり「進化と向上」という嬉しい響鳴となりました。
 天風師は「二十一世紀が来たら、思想的にもアイデアの方面にも、必ずや世界をリードするだけの権威ができると確信している」と言われましたが、今がその時なのだと確信した次第です。

  「私は宇宙霊と一体となって甦り
   新しい元気を持って、積極一貫
   喜びと 感謝と 笑いに満たさ
   れて進み行かん」

空の声を聴く

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IMG_2995.jpg 5月3日から5日の「鎌倉春期修練会」に参加することは、すでに書きましたが、15日の「新緑の一日行修会」(空の声聴く、1日まるごと安定打坐)、東京の会にも参加することにしました。
 この日は札幌から会場へ直行して11時からの飛び入りとなります。午後からの講演題目が「安定打坐と自己の確立」、「安定打坐で今を活きる」と実習と安定打坐に特化した行修会になるので参加することにしました。東京の会もコロナ以後はじめての行修会になるという。
 これまた30年ぶりの参加とでして、5月はすっかり天風となります。いずれも私のような参加者は「出戻り組」と言われるようですが、出戻りでも帰る家があるのは幸せなことです。
 別件ですが、天風会の名誉顧問であられた尾身幸次氏が、先日4月14日に永眠されたと発表された(享年89歳)。
 また一人、天風のお弟子さんが還霊された。鎌倉春期修練会の冒頭で、クンバハカ黙祷ができました。
 ご冥福を祈ります。 合掌

鎌倉春期修練会

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IMG_2816.jpg 5月3日から5日に開催される「鎌倉春期修練会」に、赤札組として30年ぶりに参加することにした。
 上記にあります富士を仰ぐ江ノ島の写真を見て即決しました。まさに富士と湘南の海に呼ばれた感です。
 参加の目的は先月のエッセーに書きましたが、「不孤」孤ならずとして長い間一人で行修を続けていますと、どうしても基本からズレが生じてきます。私はそれを「天風2.0」とし、それでよしとしてきましだが、まずは「1.0」と「2.0」の調整です。
 天風師が直接指導した50年間を「天風会1.0」、帰霊後は直弟子と古参会員を軸とした50年を「天風会2.0」、そしてこれからの50年間を孫弟子や新会員が継承してゆく「天風会3.0」とするとのことです。たいへん興味深い区切り方だと思います。
 私は「2.0」のままでいいのではないかと考えていましたが、世の中が情報デジタル社会に大きく変わった今、そうも言っていられなくなりました。
 では、「天風会3.0」とは、何をもって3.0なのかを考えさせられています。新しいよい方法があれば、即刻に取り入れてきた天風師なら、この新時代にどう対応して行くのか考え続けています。
 「真理は不滅」と言われるなかで、易不易をどう選別して行くのか、すでに「3.0」に進化しているのか、今回の修練会だけでは方向性が見えないとは思うが、その糸口だけでも掴めれば考えています。

天風会3.0

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 「志るべ」2022年1月号に「天風会は3.0」なるコンセプト策定し、ポストコロナに向け永続的な発展を推進してゆく」とのことです。
 天風師が直接に教示した50年間を「天風会1.0」、帰霊後に直弟子や古参会員を中心に引き継いできた50年間を「天風会2.0」とし、今後50年間を孫弟子や新会員が継承してゆく「天風会3.0」とするとのことです。今風の ITバージョンアップの用語を用いて上手く仕分けています。
 私は海外で37年間一人行修しているため「1.0」の基本は押さえながらも、いつしかかなり自己流になって来ています。また行修に無いものを補うために、また加齢に対応しながら変えて来ています。私はそれを「天風哲理2.0」と自称して来ました。私はそれでよしとしてそこに留まっています。
 さて、そこで「天風会3.0」とは、何なのかと考えてしまいました。何をもって3.0なのか。ITを駆使したデジタル化の教義を指すのか、それも一つの方向性かもしれません。孫弟子も高齢化し少なくなって来ていますので、新たな「天風会3.0」の世代替えの工夫が必要なのかと思います。
 私は天風師ならこのデジタル新時代にどう対応したかを常に考え続けています。師は「真理は絶対」「宇宙霊は不滅」と言っています。それを、ひ孫弟子や玄孫弟子がどう受け継いでいくのか、天風会は難しい課題に直面している事と推察します。会のご健勝を祈りたい気持です。
 私の考えますのは無理して3.0とバージョンアップしなくも、基本というか基盤となる天風哲理1.0の行修を徹底させ、それを継承して行けばよいと思う。それが天風会のやることで、後は各自の求道に任せておけば良いのでないか。
 誠に有り難いことは「道を求めて来た者に、そこに教えの場がある」が、天風会の存在価値です。求める者にいつでも1.0のドアを開けておくべきです。数ではない、一人が求めて来たら、その一人にアナログの1.0を全力で教授すればいい。
 真理は絶対、一人を恐れるな、天風は一人であった。

コロナ対策

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 コロナ感染の非常事態宣言の騒ぎもまる2年になります。天風会も厚労省の感染拡大防止策の指示にしたがい、行修会を中止してZOOMでの教義に切り替えました。
 私はこの間に「もし天風師ならどの様な行動を取ったか」と常に問いかけてきました。
 師はスペイン風邪流行の真只中で、上野の樹下石上で辻説法を始めています。また、インフルエンザや花粉症にも「顔に褌をして何になる」と言われています。なんのための心身統一、呼吸操練なのだと言うことです。その一方で「人様に迷惑をかけなければ」を、前提としています。ではどう行動したらいいのか考えました。
 私自身は武漢ウイルスと闘うことを決意して、負けてなるものかと不用不急の中でも有要有急として1日も休まず通常通り仕事を続けてきました。でも、頑なにならず必要に応じてはマスクし、ワクチン接種しました。
 今こそ天風哲理の実践と思いましたが、天風会のとった選択を非難する気もありません。社会的責任と自己の責務の葛藤もあった事と思います。
 ただ、ZOOMでの教義にこれでいいものかと考え続けていました。私も仕事上テレワークーでZOOMをよく使うのですが、教義の使用はどんなものかと思っています。ZOOMは目と目が合わないという限界がありまして、生身の人間との臨場感が気薄なってしまいます。というか気が伝わらないのです。仕方のないことと言え、また講師の方々のご努力に敬意を表しますが、これだけでは行き詰まります。
 師は天風会館の落成の時にこうも言っています;
 「心身統一法という天風哲学を自分以上に熱心に実践した人間はいない。また、だからこそ自分以上に人の心に深く伝えられる人間もいない。従って天風の二代目はいないのだから、これから先は天風会館を、自ら一人ひとりが心身統一法を学ぶ教えの殿堂としていってほしい」。
 殿堂は閉めることなく、ZOOMではもの足りぬ方に予約制で、健康確認と相合距離を保つことを前提で、教えの場としていつでも解放したら思います。
 言葉では習得できない体得の教義もあります。その時に教えの殿堂は有り難いものです。求道は一方通行でなく、自らが求めて行くものです。その時に教え殿堂が在ることはなんとも有難い。

2022年

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天風会の方は「朝日」を「宇宙霊」に置き替え「私は宇宙霊と一体となって甦り」と詠まれることでしょう。
年賀22.png

信念の奇跡

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IMG_2485.jpeg  「信念の奇跡」についてはすでにブログ書いたので重複になるのだが、エッセー欄に載せて置きたく思う。
 日本経営合理化協会からの久々に「信念の奇跡」が刊行されました。
「成功の実現」、「盛大な人生」、「心に成功の炎を」、「いつまで若々しく生きる」、中間に「君に成功を贈る」を挟み、これで箱入り机上版の五部作になります。
 天風哲理の同じ内容の繰り返しなのですが、いずれも読んでも面白く新しい気づきあります。なかでも「信念の奇跡」は、最晩年の講演が多く収録さていてこれまでの復習を兼ねた円熟した著書になっています。
 いずれも発行者が日本経営合理化協会の「牟田学」になっています。私は数十年前に日本経営合理化協会のセミナーに参加したことがあり、その時に牟田学氏を知見しています。「成功の実現」の出版で第二次天風ブームを巻き起こした牟田氏は、私の最も憧れ羨ましく想う人になっています。この刊行は私もやりたった。
 ただ、今回の発行者名が牟田学から後継者である牟田太陽になっていました。細かなことは知りませんが、またして先を超されました。私は「天風哲理2.0」のバージョンアップに「日拝」を加えたく考えていましたら、すでに太陽になっていました。牟田学氏に、感謝、感謝です。

中村天風の歴史

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IMG_2365.jpeg 松本光正著「中村天風の歴史」を一気呵成に拝読。いや〜実に面白く貴重な資料になりました。
 愛弟子だった大井満氏が遺された著書、「ヨーガの里」「戦場と瞑想」とすれば、本著書は天風最晩年の直弟子が残しておかねばならぬお仕事でした。
 先ずは積年の歳月をかけて奉程した事に敬意と感謝を捧げたい。天風会はこうした資料を基にして再度「天風の略歴」を書き加えが必要となります。
 私は松本氏と面識ありませんが、「呆けずに長生き」「君子医者近寄らず」「強い人生を作る中村天風の言葉」「やっぱり高血圧はほっとくのが一番」を拝読してきましたが、まさかこれほどまで「天風おたく」(自称)を実践していたとは知りませんでした。実に痛快です。
 天風師の歴史をできる限り正すための時代考証と「ありばい」の検証だけで1冊の本に仕上げて出版されるとは、松本氏の強い信念と思います。果たして今この本を手にする「天風おたく」がどれほどいるのか興味がつきません。「天風を世に広める会」の会長を自認し会員1人といいますが「不孤」、ご健勝をお祈りいたします。
 内容についての議論は差し控えますが、天風師は徹底した「平和主義者」と「平和」の言葉が好きだったとありますが、これはどうかなと思います。戦後は「平和至上主義」で、天風師にしても世の風潮に迎合して「平和」を使わざるを得なかったが、私の最も嫌いな語彙となっています。戦後に育ち吐き気がするほど偽善的で使い古された「平和」を、叩き込まれた世代のためと思います。ですから私は「平和」をすべて「調和」に書き換えて「和を以って尊し」を採用しています。
 「おわりに」ある著者の生活信条は「天風おたくを通すこと」とあり、私も大賛成です。著者はここでコロナ感染のなかノーマスクを通し診療中もそうしているとあります。天風師が「マスクはするな、口に褌してどうするのか」を、実践しています。天風師はスペイン風邪の猛威の時期に辻説法を始めていました。
 「待ってました天風おたく!」これぞ直弟子です。でも、これではやはり絶滅危惧種です。一方で天風師は人に迷惑をかけないことを前提としていました。いま絶滅危惧種にならぬよう「天風哲理2.0」のバージョンアップが必要になっています。これは孫弟子の仕事になるのでしょう。

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