雪の後の日本晴れ、光と白と青がコントラストした冬の青空は素晴らしい。
1月の終わりは春節の除夕で、中国の風習に倣い餃子を食べて年を越す。皆さももよい春節を!
今日から我が家の固定電話とテレビの有線をキャンセルしてWi-Fiだけにした。して、情報窓口は携帯とPCだけになった。これも時代の趨勢ですね。
2022年1月アーカイブ
夜半から朝方までに降り積もった雪のため、今日は家に閉じ込められた。午後遅くに除雪車を予約。
たまにはこれもリラックスできていいもので、ゆっくり寝て起き、ゆっくり食事をとり、ゆっくり読書とユーチューブを楽しんでいる。
1月に入って天風関連の書籍か台湾関連の書籍か、どちらを先に読み始めようかと考えたのち、台湾に決めました。
先ずは李登輝元総統の「台湾の主張」を再読。1999年版の主張なのだが、情勢分析と予測が今日でも通用し参考になります。あらためて極東の傑出した哲人指導者だったことを認識し、老師の偉大なる愛と信念に心より敬服しました。
1991年当時、一教授だった老師から留学生として教えを受けたことは、私の生涯の誇りとなっています。日本の推薦でノーベル平和賞を獲らせてあげられなかったことが、生徒として今更に残念に思っています。
今日からは野嶋剛著「タイワニーズ」の再読に入る。
南の彼方に行っていた冬至の朝日が、来復して我が家の窓から見えるようになり立春に向かっています。
昨日、フェイスブックに記された福井市の内科循環医師の勇気ある「お知らせ」を目にした。私自身は日本出張の必要に応じて3度目のワクチン接種を、昨年11月に済ませているのですが、この掲示には共感を覚えた。
私は医師でも疫病感染症の専門家でないので無責任な発言は控えていましたが、身近なオミクロン株の感染者を看察し、もう風邪なみになったのではと思っていました。同時にこのウイルスは武漢の生物兵器研究所から漏れたものなので、一抹の危惧を感じていました。
こうして草の根の医師や奈良知事の「蔓延予防(ゼロ対策)によって感染拡大への予防効果が確実に望めるとはとは思わない」という発言にも同感を覚えています。予防とは逃げるのでなく闘うことだ。
尾身クロンでは物足りず、最近テレビで姿が見えなくなったためか、ステルス尾身クロンとは、あまりにおふざけ。
立春を機にオミクロンも収束に向かうことを願う。
本棚の整理を始めていまして、今日は思い切って司馬遼太郎著「街道をゆく」に手をつけた。
街道シリーズを本棚から取り出すとその奥に、劇画「廣池千九郎」全五巻(広池学園出版)が隠れてました。
モラロジー(道徳科学)の創建者とのことで、劇画にしては力の籠った装丁からして、立派な偉業を成された方と察しますが、私はどんな方なのか読んだこともなく、本棚に置いたこともまったく記憶にありませんでした。
私自身が驚いたことは、自分でも呆れるのですが、この劇画をどなたから、どんな経緯でいつ頃に頂いたのか、ぜんぜん憶えていないことでした。そんなわけで少々気がひけたのですが、せめてもと思いブログに記して「街道をゆく」と一緒に整理させてもらいました。
余談になりますが、廣池氏は谷川岳の大穴温泉に別荘を建て、こよなくお風呂を好んだそうです。私も機会があったら(本を整理したことは内緒で)大穴温泉に行ってみたく思っています。
今週末の早朝はマイナス13度、日中はマイナス3度という冬将軍の到来。
凍てつくなかを出勤し、これまでの会計デタすべてをメモリーボックスに落としこみ、会社がついに歴史になった。こちらも凍結です。
同時に2日がかりでコンピュータに打ち出してきた膨大な資料を選別してペイパーシュレーダーにかけて破棄し、オフィスの小物の整理を始めた。
こうして3月に倉庫をあけ渡たすまで、しばし梅を心に冬ごもりです。
まず祝え 梅を心に 冬ごもり (芭蕉)
東京の初雪に続き、当地1月7日に初雪となり8cmほど積もった。
世に言う気候変動とどれだけ関係するか知れないが、通年よりも1ヶ月遅れでした。やはりクリスマスと正月には雪景色は欲しい。
ただ8cmほどの積雪が除雪車を呼ぶか自分らで雪かきするかの境目で、今回は孫の手を借りて雪かきを決行しました。
数十年前までは雪が降ると中学生たちが小遣い稼ぎにシャベルを担いで応援に来たのだが、最近はすっかり見かけなくなってしまった。それでも相変わらず子供達が雪の上を走り回り雪ダルマをこしらえているのを見ると白い郷愁を感じる。
当地はあいにく小雨のため初日の出は後日にお預けですが、日本の知人から初日の出と富士山がセットで送られてきた。
日本の新年の風景はここからはじまります。