2021年3月アーカイブ

日本国史の源流

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13800339567411.jpeg          (上野綾瀬公園)
 3月は20回ブログを更新。アメリカ大統領不正選挙に一区切りしたく私見を整理しました。
51W5DryhJUL._SX339_BO1,204,203,200_.jpeg 月締めは田中英道著「日本国史の源流」になりました。私は氏のフアンですが、田中史観は時おりホントかいなと信じられぬ飛び過ぎがあるが、その大胆の仮説がまた興味深くてついつい読んでしまう。「古事記」の語り部、稗田阿礼がユダヤ系帰化人説などはついて行けないが、仮説としては面白い。
 本著書は日本国史の基盤となった、縄文時代=日高見国の縄文精神と飛鳥=天平大和時代に形成された、神道、仏教国を、核融合させた日本史=「やまとごころ」を論じています。テーマを13章にコンパクトにまとめているので、解説調でわかりやすい。
 アメリカ文明が崩壊してゆく過程で、日本国史の源流を再認識しておくことが急務なっている。
 さて3月が過ぎて行きます。
 例年より開花が早かった桜は、入学シーズンを待たずに散りはじめました。小川沿いに咲き誇っていた桜の花が散り、川面を薄ピンク色に染めた花筏(はないかだ)が、静かに揺れながら流れて行きます。花筏とはなんと素敵な大和言葉なのだろう。
 4月もよい月にして行きましょう。

 昨日のブログで「IT業界グローバリズム」を書きましたところ、同日に知人のJoseph森田元教授、経営コンサルタントからシンクロしたように以下のメールをいただき、参考として掲載しました。
 アナログ経営者にとり、P.F.ドラッカーの経営論は聖書のようなものでしたが、デジタル世代の経営者には、古き理論となり読まれていないようです。
_______________________
スマホ脳
何もかもが IT 中心の世の中になり、全ての社会の仕組みがコンピュータによって振り回されています。
これは世界全体のパラダイムシフトで、従来の人間の育んできた社会通念、倫理観、価値観、家族関係などは、根底から覆されています。
われわれの時代に全身に染み付いたこれらの基本的な理念は、少しぐらいの努力や修正を加えたところで、新しいパラダイムに本質的に受け入れられることはまず難しいのではないでしょうか。
仮に、われわれが世代の人間が「スマホ」を使いこなし、外見的には「スマホ脳」を体得しているように見えても、そもそもパラダイムが異なるということは、物事の本質を把握する方法や物事それ自体の優先順位が根本から異なっていますから、同一の合理性を求めて行動することは困難でしょう。
「スマホ脳」なるものは、IT を基本としたパラダイムシフトの中から必然的に発生したものであります。幼少の頃から脳の中に IT の DNA が住みついている世代と太刀打ちはできません。

images-1.jpg 6回にわたり大統領選挙での反トランプグループを整理してきた。最後にIT業界のグループとなります。
 今回の勝利者なき選挙戦と中共ウイルス感染の緊急事態のなかで、唯一の勝利者はGAFAグループでした。1990年頃から起こったITデジタル革命が30年後に顕著の形となり私たちの生活環境が一変しました。じきにアナログ世代が消え、ITデジタルの世界になって行くパラダイムシフトです。今回の大統領選挙はエポックとなる起きてしまった未来で、もう後戻りできません。
 グローバル企業、アマゾンの流通革命、アップル、グーグル、フェイスブックは、創業以來アメリカの国境を取り壊し、無国籍の世界企業となっています。我々は好むと好まざるに関わらず、彼らの創ったプラットホームで、どこに向かうかもわからぬまま次の快速デジタル列車を待っている状況です。
 彼らのプラットフォームで翻弄されたトランプ支持者は、アウエーイの外野席から応援し、声援は検閲警告され、または消除され更には退場させられました。敵陣でしかも彼らのルールでの戦いなので勝敗は始めから見えていたわけです。
 こうした無国籍グローバリストは、トランプのアメリカファーストと独占禁止法を恐れ、真正面から衝突して勝利しました。彼らは莫大な政治献金は、すべて反トランプ側に流しました。彼らの力がここまで脅威なることを軽く見てしまった。 しかし、彼らは身の程知らずに勝ち過ぎました。じきに独占禁止法やグループ会社の解体などでメスが入るでしょう。トランプ側も今回の反省から独自のプラットホームを立ち上げて反撃を始めました。
 デジタル文明のグローバル化は、人類の危険な道でもあるので、これについては後日に整理したく考えています。

補記;フェイスブックは国家に匹敵する力を持った。20億人を支配した王はいないが、サッカーバーグはそれになる。
   これほど危険な事はないが、彼は舞い上がってしまった。社内からも解体の声が上がりはじめた。

Charging-Bull-Wall-Street-NY-2.jpeg 国際金融センターでありニューヨーク証券取引所が在る「ウォール街」は、世界の金融業界や証券市場の動向をリードしている(ウォールの雄牛は萎れた星条旗を背に揺れる赤旗に向かう)。
 経済、金融は為替の壁があるが、基本的には万国共通ルールのグローバル業界です。この業界はお金儲けが全てで、投資報酬率でどれだけ儲けたかが金融会社と個人能力の業績となる。拝金主義の巣窟街は反中も反米もなく大口投資家ならば悪魔とでも手を組み、そこに倫理道徳など通用しない緊張した厳しい世界です。
 ウォール街は過去数十年にわたり中共成金を動かしてしこたま大儲けし、米中でウインウインの関係を築いてきました。今でも相当額の投資をしています。両者はここで大儲けしたおこぼれを、ワシントンに優遇税制の政治献金にたれ流しています。
 まぁ、これが資本主義なのですから文句も言えませんが、神なき拝金主義が行き過ぎて一部のエリート階層にお金が集中し、「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなり」、「富は持っている人に与えられ、いよいよ豊かになるが、持っていない人の持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書13章)の如く、中間層が減り格差社会が拡大、貧困層はそのままに据え置かれています。
 これら歪んだ社会背景から民主党の極左派や共産主義者、BLM、無政府主義アンティファが台頭してきています。中共はこの社会矛盾に便乗してアメリカに浸透工作しています。まぁよく似た同じ泥沼のムジナです。
 一方では、この現状を修正し、自助努力で本来のアメリカを取り戻そうとするトランプ支持者が増幅してきました。しかし、富める者にとってトランプの「アメリカファースト」は迷惑千万、反中政策は彼らの泡銭の利権を荒らす邪魔者なのです。彼らにとり今日の儲けが第一、明日の国の行末などどうでもいいわけです。
 かくして、ここでも反トランプ連合が形成されたわけです。

500px-Bilderberg_-_Oosterbeek.jpeg     (1954年開催、オランダのビルダーバーグホテル)

 都市伝説として「ビルダーバーグ会議」が存在し、世界の行く末を決める「影の世界政府」(DS)とも言われている。
 1954年から毎年1回、欧米の各地で世界的影響力を持つ大者や多国籍企業や金融機関、大富豪財団の代表やヨーロッパの王族、貴族などが、130〜150人程が集合し、世界の重要問題や今後の政治経済や社会等をテーマに完全非公開で討議する秘密会議とされている。
 この会議に歴代のアメリカ大統は選挙前に呼ばれて仁義を切ってお墨付きをもらています。トランプ、ヒラリーも前例の如く呼ばれましたが、トランプは参加していません。
 そこで2016年の大統領選挙でまさかのトランプが勝利して、「アメリカファースト」、"Make America great again"とぶちあげ、さらに失踪した幼児の救出にまで言及しました。
 これはグレートリセットを目論む「影の世界政府」として、富豪トランプの裏切り行為を許せるものでなく、ワシントン沼の鰐たちに、なんとしてでも危険人物を引き摺り下ろせと、当選後すぐロシアゲート疑惑が始まります。

028washington-02.jpeg なぜ民主党員は異常なまでにトランプを恐れ憎むのか。
 トランプは大富豪のディプステートやウォール街の政治献金(紐)に頼らない、自己資金で当選した初めての大統領でした。しかも給料は月1ドルです。ビジネス世界からワシントンの政界に飛び込んだ素人のよそ者で、特権階級の利益を代弁したり顔色をうかがう必要がありません。
 トランプの選挙公約の一つには、堕落したワシントン政界の清浄化と、政権を国民の手に取り戻すでした。ワシントンのは、親中ブッシュJr、貪欲クリントン夫婦、共産主義オバマよる20数年間の堕落は酷いものでした。それに、ここにエプスタイン島での幼児や少女虐待の都市伝説も絡んできて、大富豪や一人の連邦最高裁判事やユダ副大統領の名前まで取り沙汰されています。アメリカ文明の衰退を象徴しています。
 ワシントンを含め大富豪やウォール街にとり、制御できない大統領は不都合な邪魔者でしかない。民主党は富豪や中共の支援とメディアと組み、何としてでも、如何なる不正手段を使ってでもトランプ再選阻止を最優先課題にしました。打倒トランプ以外に政策などなく、78歳の呆け大統領を承知で神輿に担ぎました。ここまで来ると民主党の凋落が哀れに思えてくる。
 大統領選でトランプは7100万票の獲得し、本来ならば圧勝でしたが、政敵があまりに大き過ぎました。かくして政権公約はまだ道半ばです。反トランプ陣営はなんとか再選を阻止したが、政界から追放できずいまトランプの反撃と7100万の支持票を恐れ、慌てふためいている。

500px-Hollywood.jpeg アメリカの3S政策、スクリーン(映画、TV)、スポーツ、SEX(性)を用いて、大衆の関心を政治から目をそらす愚民(洗脳)政策と言われています。
 本来ハリウッドは国際ユダヤ資本が仕切り、Sの一角でアメリカ文化社会をリードしてきました。彼らは専制政治を嫌い小さな政府を志向し、多くの共産主義者と左派リベラルの牙城でした。十戒、反ナチス、反ソ連スパイ映画等(反中はない)で、多くのアメリカ人を啓蒙してきました。
 数十年前から映画産業が斜陽化しユダヤ資本が激減し、そこに文化工作として中共資本が入ってきました。ハリウッドは生き残りのためそれを受け入れて中共に媚を売り始めました。
 それからというもの、魂を失った映画制作の質の低下に目を覆いたくなる。花のハリウッド映画は凋落し、私はもう数十年映画館に足を運んでいないし、中共コロナ以降に映画館が軒並み閉鎖になっています。
 ハリウッドは所詮スキャンダルの巣窟なので、本ブログでは中共の文化工作や大人の風俗、人身売買には目をつぶる。しかし、都市伝説の幼児虐待、20歳若返りのため幼児から摘出した秘薬アドレノクロムの投与が事実なら、人道上とても許されるものでない。
 トランプは幼児救出に動きこの醜悪な泥沼にメスを入れた。同時にハリウッドは醜態の暴露を恐れ、中共と結託して生死をかけて反トランプの前衛となる。

 補記;ハリウッドの収益は2019年に114億ドル、2020年は22億ドル隣80%の落ち込み。ユダヤ資金はとうに逃げていた。

春分のご来光

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IMG_1564.jpeg 旭日を拝むことを「日拝」と称しますが、春分のご来光に向かいゆっくり「日拝」させてもらいました。
 古代太陽信仰からの縄文遺伝子かと思うが、東の空に旭日が昇ると自然に手を合わせて拝みたくなるから不思議です。
 今日は私が飲水法を始めてからまる7年目で、この日を「水の日」としています。これからも「日拝」と「飲水」を続行です。  
 今日はまた、私のアメリカに住む姪の4歳の「又姪」と1歳の「又甥」が、同じ日が誕生日でパーティーに呼ばれ1年ぶりに往復2時間のドライブしてすっかり大叔父を演じてきた。なんと驚くなかれ日本には「又又甥」が誕生している。さしずめ私は「大大大叔父」なのか。たぶん又又又の「来孫」を見ることはないだろうが。ここに「又又又」を使うとは、簡単でもうどうでもよくて面白い。又又又又の頃はどんな世の中になっているのだろうか。

 補記;4歳の又姪は誕生会後に熱を出し点滴を打って緊急入院、幸いコロナは陰性とのこと。

3:18.jpeg 今回の大統領選挙でトランプを追いやった泥沼の鰐を、グループ別にシリーズで整理してみたく考えた。
 先ず、私はバチカンが不正選挙の主軸に関与していたとは想像もしていなかった。そういえば敬虔なキリスト教徒であるトランプのバチカン訪問を、教皇が忌避していたことが思い当たる。
 私が今回の一連の不正選挙の中で一番衝撃を受けた事件であり、同時にこれは余りにも負の影響が大き過ぎて、さすがのトランプもこれ以上は動けなかったと推察した。中共は魔手はバチカンまで浸透していた。
 バチカンの闇の闇を語ると都市伝説になってしまうが、浮かび上がってきたスキャンダルだけでも、あまりに醜悪で、腐敗、堕落が目に余りブログに書くのも憚かった。コインの表裏のように聖者と悪魔が、陰陽に同居しているが、ここは西洋文化の闇のアンタッチャブルな聖域なので、いつもの様にこのまま都市伝説で収束するだろう。
 しかし、バチカンの腐敗、堕落は、今に始まったことでないことを知りました。16世紀のマルティンルターの宗教改革も、バチカンに対する失望から端を発している事を知った。また、宗教組織の堕落を見抜いた内村鑑三が生涯「無教会主義」を通していた。トランプはその意味で宗教改革者であったかも。バチカンはトランプを恐れたのだろう。
 神と宗教組織は別で、当時は宗教の死であったが、今回はキリストの死である。腐りきった古い沼から悪臭が放たれています。イエスの復活はあり得るのだろうか。通勤時に車窓からよきアメリカ時代の教会を眺めるたびに(上記の写真)、純粋なキリスト教徒がなんとも気の毒で惻隠の情を覚えてしまう。

今日から夏時間

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 日がのびてきて、あたりが春らしくなったと思ったら、もう夏時間に入った。当地の春は短くうっかりすると楽しむ前に通り過ぎてしまう。日本との時差は13時間、1時間近くなった。
 今日は2回目の「モデルナ」ワクチンを接種してきた。今週末は仕事をせずに安静にしています。また、考えることがあり夏時間を機にフェイスブックの「いいね」を再開しました。
 東日本大震災の大津波で多くの被災者を出し、辛い悔しい思いをしたが、無念の中にも天災としての諦観が残る。これまでも日本民族が天災から立ち直りを重ね、辛いなかでも残された者たちで頑張ってきた。両親が津波にのまれて一人残された4歳も愛海ちゃんは、それでも海を愛すと名付けられている。
 一方の10年後の中共ウイルスは、生活環境を一変させられる大惨事の人災である。近所迷惑の最たるもので、やり場のない悔しさが残る。今で言うジェノサイトに近い。それでもお人好しの日本人は、中共に対して文句も言うでもなく、おとなしく自分の事として忍耐している。
 同じ歴史的な大惨事でも、天災と人災は、明確に分けて記憶に留めることです。人災に諦観は許されない、前を向いて戦い続けるのみ。感染の静まりを祈る。

 補記;中国北部は15日に10年来の大黄砂の嵐、これで口にマスク、目にマスク、耳にマスク、日光いや中共の三猿主義。

311.jpeg 篠田桃紅美術家伝「百歳の力」を読み終えた。自伝ですが聞き書き方式でしたのでさらりと読了。
 篠田桃紅の人生は"Cool(クール)"の一言。クールな自然体です。本人も「類のない珍種、悪く言えばできそこないない。でもまがいものではない」と語っています。その姿のバックにはフランクシナトラのマイウエー(I did it my way)の曲が静かに流れている。見事な人生を貫き通しました。  
  やがて私もこの世を去るだろう
  長い歳月 私はしあわせに
  この旅路を今日まで生きてきた
  いつもの私のやり方で

  ひとはみないつか この世を去るだろ
  誰でも自由な心で暮らそう
  私は私の道を行く (岩谷時子訳)
  I did it my way

 自伝とはかけ離れるが、篠田美術家はニューヨークから帰国して山中湖畔に居を構え、富士山に魅せられている。著書の第五話、第六話で、なにしろ富士山は美しいと語っています。
 富士との出逢いは「朝早く起きたら、すぐ目の前に大きく真っ赤な山があって、なんだろうと思ったらそれが富士山だった」。
 「忍野八海という富士山が見える絶景地だった。当時の絵葉書は、全部、忍野村から撮影されていた(上記の写真)」、画伯は忍野村に藁葺きの屋根の家をつくっています。
 私はこれまでこんなに美しく富士山を語れる人を知らない。画伯の抽象芸術のインスピレーション(霊感)は、霊峰富士山から出ているのだろう。
 「富士山にはあらゆる光、あらゆる色、あらゆるかたち、すべてある」「だから富士山は、絵具では表現できない。世にある絵の具では数が足りない」「墨は、道具としては富士山を表現しうるかもしれない。墨も一切を含んでいる。明るさも暗さも、強さも弱さも、火も水も一切が墨にはある。墨は、始まりの色で終わりの色と老子は言っている。墨の持っている力を、本当に引き出せる人がいたら、もしかしたら、富士山を表現できるかもしれない。でも私には無理です」「富士山は言葉にすべきものじゃない。歌にするとか、そんな必要もない。私も一枚も写真を撮りたくないし、絵にも描きたいと思っていません」。
 この富士霊賛だけでも、この著書は光を放っています。

51sgA7SyQmL.jpeg 私は小島直記(1919年〜2008年)のフアンで数冊を読んでいます。また、氏が月刊誌「選択」1975年の創刊号から連載したコラム「古典からのめっせいじ」を、楽しみにしていました。
 そんな私に友人から関心がなかった「人生まだ70年の坂」を勧められ、「俺もついにこの本を読むの歳かと」感慨深いものがありました。時に友とは非情なもので、休まず、迷わず、一灯を掲げて70坂を登って行けとのメッセージです。
 著書の最後の2章、「何を捨てるか?」「老いのシナリオ」は、実に参考になりました。
 「青春とは人生の或る期間を言うのでなく、心の様相を言うのだ。
 人は信念と共に若く 疑惑と共に老いる
 人は自信と共に若く 恐怖と共い老いる
 希望あるかぎり若く 失望と共に老い朽ちる

「生涯現役」「生涯勉強」、一灯を掲げて70の坂道を行き、歳を憂うることなかれ、ただ一灯を持って坂道を行けとある。
 補記として:
 電力の鬼、松永安左衛門翁(95歳没)の俳句、人生の情味を紹介;
 母を慕ひ 妻を思うや お正月
 何となく 91まで 行きにけり
 初夢や 若き娘に 抱きつけり
 おめでとう おめでとうとて 春の朝
 小島直記著「まかり通る」(電力の鬼、松永安左衛門偉人伝、2003年刊)が、絶版で古本で¥1円より(>_<)、今日の経済界人士の衰退を物語っている。
 

IMG_1545.jpeg 東日本大震災(311)から10年の歳月が流れた。
 どういう経緯か、私の手元に愛読していた読売新聞の「編集手帳」の販促用の小冊(2010年〜2018年)がある。
 2011年3月の「編集手帳」は、大震災の記事で埋め尽くされていました。私に代え10年目の追悼を込めて書き出しました。合掌;
「倒壊した家屋の下で、あるいは泥流に孤立して、寒さと、空腹に耐えているのだろう。祈ることしかできない身が、もどかしい」(12日)
「(原子力発電所現場作業員の皆さん)、あなた方の仕事に日本中が今、手を合わせて祈っているーーと」(16日)
「あの地震が起きてからというもの、涙を燃料に毎日を生きている。」(17日)
「死者の数が阪神大震災を超えたという。(死亡欄)生きてきた人生と、生きていくはずであった人生がぎっしり詰まったそのページを整理棚にしまうとき、ふと、指先がためらう」(19日)
「今年はサクラの開花が遅めというが、花に浮かれる心をたしなめて『泣いてる人』を思いやったーー多くの人が愛でるのは、花ではなく、酒でもご馳走でもなく、生きてある身のありがたさに違いない。宴の筵で、そういう供養もある」(25日)
「(震災の夜、避難所で生まれた男の子)特別となった3月が今日で終わる。名前も知らぬ君よ。たくましく、美しく、一緒に育とう」(31日)
「ひと目をはばからずに泣くことができる仮設住宅を全員に、一二にも早く、と思う。心の空洞を涙で埋めたい夜更もあるだろう」(4月8日)
「昆愛海4歳の記事は、両親と妹が津波にさらわれた。親戚の家に身を寄せた愛海ちゃんは、こたつの上にノートをひろげ、母親に手紙を始めたという。「ままへ。生きてるといいね。おげんきですか。(略)きのうも強い揺れが東日本を襲った。愛する人を奪い、奪われた人をおびやかす。いい加減に、もうよせ」(12日)
「あの日の日記には、ただ<社泊>とだけある。避難所<避泊>。仮設住宅<仮泊>。つらい二文字の1461回つづいた日記帳を思う」(2016年3月)
「テレビに映る被災地の惨状に胸を塞がれ、やり場のない怒りにならぬ、やり場のない善意に身もだえした人は多かったはずである。心ない避難者いじめのニュースが続く。6年という時間のどこかに、人は大切な忘れ物をしてこなかったか。胸に聞いてみる」(2018年3月)
 黙祷。

量子宗教

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IMG_1466.jpeg 先日4フッドの大型トラックが、自社に荷物を取りに来ました。その後ろのドアに"If you can't see my mirrors I can't see you"(あなたが私の鏡を見ることができなければ、私はあなたを見ることができません)。とあった。これは私がこれまでにたくさんの標語を見た中で、最高傑作と思っていたので写真を撮らせてもらいました。
 聖書の一節からの引用なのか、ここで「鏡」を神にたとえて、私のレベルまで量子論を落として語って見たく思う;
 西洋ルネサンス以前ですと、鏡の賜る教義通りに運転します。ルネサンス以後ですと、鏡に向かい人間の意思で運転すると宣言します。20世紀になると鏡が見えなくなり無謀運転です。
 21世紀の量子論では、鏡に見える私は粒子であり「空即是色(物)」、鏡に見えない私は波動の「色即是空(心)」となり、どのように運転するか不確定性になります。
 ここで量子哲学は、西洋思想の基盤であつた「物心二元論」から、東洋の仏教思想の「物心一元論」へと融合して来ますが、同時に量子運動の不確定性が、今日の現代社会の混迷となっています。その上になんとも出来過ぎた事にトラックの運転手はインド人でした。
 さらに、神道では御神体が鏡ですから、そこに自分の魂の底にある神性を映し出し、本来の自分の姿を拝し、トラック運転手と調和しながら安全運転となります。
 日曜の朝、目が覚めるとこんなことが思い浮かびました。これにて量子論を一段落します。

量子哲学

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 山田廣成著「量子力学が明らかにする存在、意思、生命の意味」を、超快速で読み終えた。
 何せ著者からご丁寧に、この章はお前の頭脳では無理だから、飛ばして構わないとあるので、各駅を停車せずに通過して読了。もっとも私は高校時代に物理の試験は白紙回答でしたので、むべなる哉。
 それでも岸根卓郎氏の量子哲学の下地があったので、いくつか光る文章を見つけたので書き出してみました;
 「量子論が誕生することで、従来の唯物論と唯心論が統合されて新しい量子哲学が誕生した」
 「進化論は一神教の文化が作り出した学説である。一方、多神教の文化は淘汰という思想を持たない。すべての個体は神であり意志を持ち、進化する努力をしている」
 「新しい文化は量子力学的文化であり、対話原理を基調とする文化である。電子が対話し、蛋白質が対話し、細胞が対話し、木々が対話し、人々が対話し、宇宙が対話する新しい多神教の文化である」
 「量子哲学が21世紀の思想になれば、もはや唯物弁証法、ニュートン力学的、機械的唯物的弁証法、また、資本主義も共産主義も社会主義も、そして進化論も20世紀の遺産となり、共存に対応した量子論的弁証法を確立する時代となる」
 「第一のルネッサンスは人間復興の時代であった。第二のルネッサンスは自然復興の時代である」。
 ここら辺りから岸根量子論、「心の文明ルネッサンスの牽引役として、日本の出番がやって来た!」と融合して来ます。

篠田桃紅

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9129tb7ISlL.jpeg 世界的に著名な水墨抽象画家の篠田桃紅さんが、3月1日に亡くなられました。享年107歳の大往生です。
 私はじきギネスブックの長者番付に登録されるかと思っていましたが無念です。106歳にして現役美術家とは素晴らしい。大連生まれで「桃」は長寿の象徴でもあり、美人薄命と言う俗説を打ち砕いています。
81DQUnoRctL.jpeg1956年、43歳でニューヨークへ単身渡米し、各地で個展を開き大きな評価を受け、日本の若き芸術家たちの走りとなりました。
If I can make it there  
I'll make it anywhere
It's up to you 
New York, New York  
フランク シナトラの歌そのままです。

アメリカには2年滞在し乾燥した気候に水墨が合わないとして仕事場を日本に移しています。
私は哀悼をこめて、「百歳の力」と「103歳になってわかったこと」を購入しました。私の誕生日までに拝読し、でき得ることならこの見事な活き方にあやかりたく思っています。

51Mm4gUqkQL.jpeg 昨日のブログの続きになるが、村上和雄氏は分子生物学者で遺伝子の解析からサムシンググレートを模索し、岸根卓朗氏は量子論からサムシンググレートを解析しています。学者が「神」の領域に踏み込むと学界で異端視されてしまうので勇気のいる事なので、サムシンググレートでお茶を濁しています。
 村上氏はサムシンググレートの解釈に、西行法師が伊勢神宮を参拝したときに詠んだ歌、「なにごとが おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」を引用しています。
 天風師はこれを「見えざる実在の力」として「宇宙霊」と断言しています。私はこの「宇宙霊」を、遺伝子情報と量子論から解析を試みているわけです。天風師は解析しようとしまいと有るものは有るのだから、先ず無邪気に信じろと説示しています。
613iKlD-J8L.jpegそうは言われてもやはり追求したいので、山田廣成著「量子力学が明らかにする存在、意思、生命の意味」を読みはじめた。山田氏は神まで踏み込むのか、さて、どうなることか。
 ただ、私のAmazonの個人情報を混迷させるために、湯澤規子著「ウンコはどこから来て、どこへ行くのか」を購入した。これで量子論の関連本の押し売りから解放されるだろう、、、

61YxTwTO3UL.jpeg Amazonで岸根卓朗著「あの世は見える」購入したら、例によって個人情報をキャッチされて「量子論と見えない世界」関連の本を紹介され、村上和雄vs矢作直樹「神と見えない世界」(2013年刊)と、山田廣成著「量子力学が明らかにする存在、意思、生命の意味」(2011年刊)を購入した。
 村上vs矢作両氏の著書はこれまでに数冊読んでいたので、目新しい啓蒙はなく復習でした。樹木希林故人が残した100冊のなかで、最も多い96カ所以上の赤線を引かれていたというが、私は何の線引きせず読み終えた。
 山田廣成氏の「量子力学が明らかにする存在、意思、生命の意味」、―電子にも意思があるとしたら貴方はどうしますかー、これは大学で講義した教材でした。横帯に「高校生にも理解できる」とあるが、もう私の見識を超えてしまい歯が立たない。本は通販でなく本屋で手にとって買わないと駄目だという典型のケースですが、折角なので前歯で少しずつ読みかじってみようと思っている。

諏訪式

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91T7y4jsS3L.jpeg 知人の従姉妹が2020年10月に出版したとのお奨めで、小倉美恵子著「諏訪式」を読みました。女史の著書は以前に「オオカミの護符」を読んでいますので2冊目になります。
 「諏訪式」は、長野県の諏訪を舞台にした人間ドラマです。縄文時代から始まり、室町時代から記録されている諏訪湖の御神渡りと、湖水を「空」にしてその円周で「諏訪式」に活き抜いて来た人物像が描かれています。舞台背景となる八ヶ岳連峰、蓼科山の写真も美しい。2021年に歴史ノンフィクションとして映画化されるようです。
 私はこれまで地政学を、各国の一単位に括ってきましたが、それは各地方の人と風土の集合体を基盤にしていた事に気づかされた。
 本著も「オオカミの護符」と同様に一地方の「風土記」ですが、こうした貴重な著書も大切にしたい。

春だより

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13635984417588.jpeg        昨日より 少し開いた 梅の花 (三休)

 故郷の城山より春だよりが届いた。
 当地も連日の雨で瞬く間に雪が溶けがじめ、春の地面が見え越冬した兎が現れた。
 このまま永遠に溶けないのでは思う積雪を見て、当たり前の事ながらいつも不思議に思うのは、自然と暦の歳時記が連動し、雪が溶けると春が来る。
 中共ウイルス感染の消火を祈り、東京オリンピック開催に希望をたくしながら春を迎える事にする。

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