2018年が過ぎようとしています。
今年は14年ぶりに日本航空のマレージで、10万マイルに1万足りずダイヤモンドカードを失いました。中国を敬遠して1度しか行かなかったことが響きました。
そこでこれまでJALに乗った飛行距離を調べましたら、地球を100周、月を5往復したことになっていた。
今年も飛んだ、来年も飛ぶぞ! 2019年もよろしく!
2018年12月アーカイブ
「水のなかに紛れ込んだ一雫の油は容易に油壺の中に帰る事は出来ない。いやでも応でも水と共に流れればならぬ」(夏目漱石)
南洋から来た原住民、福建省から渡った漢人、その後の客家、オランダの統治、明朝の鄭成功の興亡、日本統治、国民党の外省人、そして中国人が、台湾に入っては同化を繰り返しながらも宝島はエバーグリーン(Evergreen)。これが地政学的にみた台湾の宿命かと思う。
私が常連としているお気に入りホテルから中規模な公園が見下ろせます。今回よく眺めると樹木に隠れるように鳥居があることに気がつき早速に散策してきました。
かつて18歳の時に台湾観光で淡水に行き、そこで偶然にも淡水神社跡を発見しました。鳥居は壊され、参道の灯籠は倒れ、雑草は伸び放題、本宮は廃墟で荒れ果てていました。この時に戦前神道の限界を見せられ、初めて日本はほんとに戦争に負けたのだという実感で胸が締めつけられました。
そうした「神明鳥居」が壊されずに台北市内の樹木に隠れて存在していたとは意外でした。鳥居の横の説明書によると、かつては「三板橋」という日本人共同墓地で、台湾第3代総監だった乃木希典の母親を葬ったお社や明石総監が葬られていたという。今ではなんの跡形もなく大小の鳥居のみ歴史的な記憶としてひっそりと留存していました。合掌
夏草や つわものどもが 夢の跡 (芭蕉)
今回の出張の大きな目的は、私が留学した東亜研究所の創立50周年祝賀会でした。全寮制で2年余を伴にした同僚と48年ぶりに会えるので懐かしい思いでの参加でした。現役の研究生が子供の様に見え、我々もかつてはあんな子供のようだったかと目を細めました。
やはり50年の時が流れて当研究所の変遷に呆れるほどの驚きでした。中国から学術交流として10名ほどが賓客として招待され、討論会も「両岸平和研究」などがテーマになっていました。政治的な話しになってしまうのでブログでは省略しますが、これは当研究所を創立した本来の主旨ではないと危惧を感じ、設立した先人に申し訳ない思いでした。
「迷わずに 来た道どこか それている」感でした。
おまけとしてはつい先日、高雄市長選で劇的な当選を果たし旋風を巻き起こした当研究所の後輩も参加し、台湾で最もホットな「時の人」として多数のマスコミのカメラに追われていました。
ともあれ、懐かしく参加してきました。
なんでクリスマスをメリーと言い、新年をハッピーと言うのか未だにわかりませんが、今年のクリスマスは成田空港のツリーしました。開港40周年記念のわりには地味なツリーです。
今年の出入国管理で大きく変わったのは成田でも羽田でもパスポートをスキャンして顔写真を撮るだけでスルーできるようになりました。
中国でも同じようになりました。今回は港珠澳(HZM)大橋をバスで渡るために入国し、外国人向け通路で十本指の指紋を入力させられ顔写真をばっちり撮られました。これで私もついに滞在行動をAIで監視され、あやしい行為があったり相手の政治的な都合次第で5分ほどあればすぐに拘束されてしまいます。別に悪いことをしていないのでまぁいいかって感じでした。ただパスポートを何度も見開きされた時はやはり嫌でした。便利にはなりましたが不便も同居しています。
昨晩、温度28度の台北から2度のニューヨークに戻ってきました。
今回の楽しみの一つは港珠澳大橋(Hong Kong -Zhuhai-Macao Bridge)を、珠海から海上を渡り香港へ入ったことでした。2009年の着工から9年間の歳月と建設費1000億ドルをかけた世界最長55キロの海上大橋です。
私はこの採算を度外視した蛮行プロジェクトを、フェリーに乗って見続けてきましたが、ついにその大橋をバスで渡りました。中国の高度成長の勢いを象徴したプロジェクトでしたが、完成時には経済に息切れが見えはじめました。パスの料金はわずか120元(約¥1900)でして、これからの維持費を考えると一体いつ投資の回収できるのかと気が遠くなる。政府の財政負担を考え聡明な香港一の財閥李嘉誠は当初から反対していました。
しかし、この蛮行を実現してしまうのだから勢いとは凄いものです。目につく政治的スローガンは着工時の「中国之夢」「復興中華」は消え失せ、「理性・平和・文明・規範」「みな新時代に属する」「幸福は奮闘から」「人が行かない道を行くことで違う風景が見えてくる」「新しい長征のイメージが現実と成る」などが書かれていた。
ともあれ今は何も言うまい。こんな大橋を建設してしまう蛮力に対し素直に敬意を表したく思う。
どの国の街にもクリスマスソングが流れるなか、東京ー群馬ー香港ー珠海ー台南ー台北と一回りして冬至の日に台北になりました。ホテルで湯圓のサービスがありこれからご馳走になってきます。
今回の一回りは香港空港でUbarを呼んだらテスラが迎えに来て初めて乗りしましたが、未来を走っているようで快適でした。また、珠海から香港へつい先日開通した世界一全長55キロの香港ー珠海ーマカオ大橋で海上を渡り、変わりゆく時代の流れを痛感。
台北に入り冬至の湯圓を食べ、いまだ不易なものにやっと一息です。
(当地の日中は28度の冬至、これもまたよし)
今日はなぜかユーチューブを開けると1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内での「三島由紀夫・檄」日本文化に殉死した事件の画像が最上段の左端に出てきました。294,278回視聴数、5分38秒の動画でした。
私はこの事件の1ヶ月前に日本を離れ留学先の宿舎でした。私は事件を知るとそのまま部屋に閉じこもりましたら、何を誤解されたか数日私の行動が監視状態におかれました。たぶん私が持参した木刀で毎朝素振りをしていたからだと思う。
「檄」はヤジと喧噪のなか約5分でしたが、自衛隊にだけでなく我々に向けられたものでした。最後の部分だけ書きだしてみました;
「日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである」。
あれから48年になるのに情況はさらに深刻になっています。本来これを受け継ぐべきであった団塊の世代は、何もすることなく素通りしたどころか、いまだに改憲の足を引っ張っています。
日本文化「菊」を守るには「刀」が必要ですが、三島の警鐘した通り「刀」を放棄したために「菊」は萎れはじめています。菊が萎れれば国は傾きアメリカによる属国化がさらに進むか中国の属国になってしまうというのに、いまだに心地よい似非平和に漬かっています。
昨日のブログにアインシュタインの「引力=愛」の宇宙法則を書きました。
今日はそれに触発されまして天風師の「力の誦句」の「力」を「愛」に置代えて書いてみましたら、なるほどそうだったのかという誦句になりました。宇宙法則による愛の結晶作用です。
「愛の誦句」
私は愛だ
愛の結晶だ
何もにも打ち克つ愛の結晶だ。
だから何ものにも負けないのだ。
病いにも 運命にも、
否 あらゆるすべてのものに打ち克つ愛だ。
そうだ!
強い 強い 愛の結晶だ。
(オフィスの片隅に咲いたサボテンの花)
知人からいただいた文章ですが、そのまんま添用しました。
1980年代の末、アインシュタインの娘リーゼルは、父親から彼女に宛てられた1400通の手紙を、死後20年間は内容を公開しないという指示を添えてヘブライ大学に寄付しました。これはそのなかの1通;
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私が相対性理論を提案したとき、ごく少数の者しか私を理解しなかったが、私が人類に伝えるために今明かそうとしているものも、世界中の誤解と偏見にぶつかるだろう。
必要に応じて何年でも何十年でも、私が下に説明することを社会が受け容れられるほど進歩するまで、お前にこの手紙を守ってもらいたい。
現段階では、科学がその正式な説明を発見していない、ある極めて強力な力がある。それは他のすべてを含みかつ支配する力であり、宇宙で作用しているどんな現象の背後にも存在し、しかも私たちによってまだ特定されていない。
この宇宙的な力は愛だ。
科学者が宇宙の統一理論を予期したとき、彼らはこの最も強力な見知らぬ力を忘れた。
愛は光だ。
それは愛を与えかつ受け取る者を啓発する。
愛は引力だ。
なぜならある人々が別の人々に惹きつけられるようにするからだ。
愛は力だ。
なぜならそれは私たちが持つ最善のものを増殖させ、人類が盲目の身勝手さのなかで絶滅するのを許さないからだ。
愛は展開し、開示する。
愛のために私たちは生き、また死ぬ。
愛は神であり、神は愛だ。
この力はあらゆるものを説明し、生命に意味を与える。これこそが私たちがあまりにも長く無視してきた変数だ。
それは恐らく、愛こそが人間が意志で駆動することを学んでいない宇宙の中の唯一のエネルギーであるため、
私たちが愛を恐れているからだろう。
愛に視認性を与えるため、私は自分の最も有名な方程式で単純な代用品を作った。
「E = mc2」の代わりに、私たちは次のことを承認する。
世界を癒すエネルギーは、光速の2乗で増殖する愛によって獲得することができ、愛には限界がないため、愛こそが存在する最大の力であるという結論に至った、と。
私たちを裏切る結果に終わった宇宙の他の諸力の利用と制御に人類が失敗した今、私たちが他の種類のエネルギーで自分たちを養うのは急を要する。
もし私たちが自分たちの種の存続を望むなら、もし私たちが生命の意味を発見するつもりなら、もし私たちがこの世界とそこに居住するすべての知覚存在を救いたいのなら、愛こそが唯一のその答えだ。
恐らく私たちにはまだ、この惑星を荒廃させる憎しみと身勝手さと貪欲を完全に破壊できる強力な装置、愛の爆弾を作る準備はできていない。
しかし、それぞれの個人は自分のなかに小さな、しかし強力な愛の発電機をもっており、そのエネルギーは解放されるのを待っている。
私たちがこの宇宙的エネルギーを与えかつ受け取ることを学ぶとき、
愛しいリーゼル、私たちは愛がすべてに打ち勝ち、愛には何もかもすべてを超越する能力があることを確信しているだろう。なぜなら愛こそが生命の神髄だからだ。
私は自分のハートの中にあるものを表現できなかったことを深く悔やんでおり、それが私の全人生を静かに打ちのめしてきた。恐らく謝罪するには遅すぎ るが、時間は相対的なのだから、私がお前を愛しており、お前のお陰で私が究極の答えに到達したことを、お前に告げる必要があるのだ
お前の父親
アルベルト・アインシュタイン
天風会の推薦でもあり「新訳中村天風の言葉」とあるので、ついに新訳本!が出たかと、大きな期待をもって予約購入し今日届きました。
今日か今日かと待ちわびていたので、さっそく読みはじめましたが、何の感動もなく1時間で読み終えてしまった。本のタイトルは出版社が決めますが、これは「新訳」でなく「注釈本」でした。
私は「真理を践行するものはみだりに他人を批評するなかれ。否その暇があるならば自分自身を厳正に批判するがよい(天風述)」を、旨としていますので書評は控えますが、一つだけ書いておきたく思います。
著者はプロローグとあとがきに、繰り返し「天風師の肩を借りて、その上に乗り、今と未来の景色を見渡す」と、記しています。
私は天風道を33年も歩みきて、いまだに師の足元にも及ばぬ自分を痛感し一歩でも近づこうと研鑽を重ねています。その私から見ますと、いとたやすく師の肩の上に乗り景色を見渡す身軽さ、たとえ言葉のあやであったとしても、師に対しての尊厳がみられないのが残念でした。
師は「俺は月を観よと指をさして教えた。指をみないで月(真理)を観よ」と、「俺の肩に乗れ」とは言っていませんでした。
ですから次回の著者では、注釈本でなく忠実な新訳本での感動を期待したいところです。感動を楽しみにしています。
週末にクリスマスの飾り付けをしてホリデーシーズンを始めました。
今月は12日までクリスマスの出荷に追われ、13日から23日まで東京--群馬--香港--珠海−台南−台北を、各地を1〜2日間の滞在ペースで一回りしてきます。できたら珠海から10月に開通した港澳珠大橋を渡って香港に入りたいがどうなることか。
今回の大きなイベントは、私が留学した台湾の研究所(修士課程)創立50周年祝賀会に参加してきます。第4期の大学長(大先輩)として列席です。
かつてこの研究所は、世俗から隔離された山の中腹に在り全寮制でした。私は2年半ここで勉学に籠りロマンチストからリアリストに変身した所でした。さなぎから成虫に羽化したわけで、いまだに飛び回っています。
そんな思いで深い研究所ですが、卒業以来すっかりご無沙汰していましたので、懐かしい同学たちとの再会を楽しみにしています。
先ずは、50周年祝賀会と同学たちに想いを馳せ、大分麦焼酎「銀座のすずめ」とやらを開けてホリデーシーズンをスタートさせました。
12月もよい月にしてゆきましょう!