(飛行機公開ノ実況。旧制県立富岡中学校)
今日は私ごとの雑感です。
5月からスバルのフォレスターSUVの運転を楽しんでいます。
ここ数年アメリカでスバルが販売台数を急速に伸ばしてきて、消費者の総合評価で2位(1位アウディ、3位レクサス)、独自の技術力と安全性の高さでアメリカ市場に着実に浸透してきています。日本では大手自動車8社の中で最小のメーカーですが、いい商品を造れば市場で評価されるものです。
日本はやはりこうした地道な物造りの精神を受け継ぎ、物造りによる実体経済を大切にしてゆくべきです。国際金融の狩猟的ないいとこ獲りからみると、農耕的な物造りは割りが合いませんが、これが律儀な日本らしい物造り文化なのだと思います。
スバルの熱狂的なフアンを「スバリスト」というそうですが、私もふる里の車ということも加勢して、どうやら「スバリスト」になりそうです。それに、スバルの富士重工には特別な思い入れがあります。戦前までは航空機メーカーの中島飛行機でしたが、敗戦後に飛行機の生産を禁止されたため「富士重工業」と改名して持ち前の特殊の飛行技術を基にして新たに車の生産を始めました。これはもう遠い昔の話しになりますが、私の父親は一時この中島飛行機の下請会社として木製の飛行機にたずさわっていました。
そんな縁もあり今回は「目をとじてなにも見えず」迷わずスバルに決めました。そしてふる里の友人にここ数日「昴」の歌をハミングしながら運転しているとメールしたら、「目をとじたまま運転して事故を起さぬように」とのアドバイスが返ってきました。いやはや泣けてくるよな友の心つかいに、有り難いと感謝すべきか、トホホなのか、ふる里は遠きにありて想う者です。
まぁ、これを機会にこれまでのシニア暴走運転をやめ、少しスローダウンしてやさしい運転を心がけることにしました。
(P.S. 12日、富士重工業からスバルに改名と発表しました)
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