ブータンの人はチベット仏教から伝わった密教を信仰しています。
8世紀後半にインドで修行した密教行者パドマサンババを開祖にして布教されました。その開祖が瞑想した聖地タクツァン僧院は、ブータン人の巡礼の地になっています。この僧院はチベット仏教圏の中でも指折りの聖地とされています。
バドマサンババは虎の背中に乗って宙を飛び、この標高3100メートルの岩壁に舞い降りてきたと言い伝えられていることから、タクツァン僧院「虎のねぐら」と呼ばれています。
虎の背中に乗ってこの地に飛んで来たとは信じられませんが、そのようにでも想像しないと、なぜあの500メートルほど垂直に切り立った絶壁の上に僧院を鎮座できたのか考えられません。麓から見上げると山道がなく近づくことのできない不思議な仙境が広がっています。虎が空を飛ぶとは思いませんが、開祖はおそらく虎の背に乗ってこの山道を登り降りしたことは容易に想像がつきます。開祖にとって虎など馬同然の乗り物だったと思う。
通常、外国人旅行者は中腹にある展望台より先に行く事ができないので、事前に僧院まで巡礼する許可を取り付けて行きました。しかし、登る心の準備はしていたものの、うす雲のかかった僧院を下から眺めると、果たしてあそこまで辿り着けるのか、はなはだ心もとなくなってしまった。虎の背はないものか、馬に乗ろうかと考えながら登り始めました。
杖をつき2時間ほど登り2800メートルのレストハウスで精進ランチをとり、さらに800段といわれる石段を登ること2時間、石段の左手に天から水が流れ落ちてくるような滝が見えてきました。おそらく密教の行者がこの滝のほとりで瞑想に入るのだろうと思いながら、見上げた視線をそのまま右へスライドしてゆくと、細く長く続く石段の上に僧院が現れました。
この日の午後ここまでやってきた旅行者は、我々家族3人だけでした。僧院の入り口で全ての手荷物を預け、警察のボディーチェックを受けてから、僧侶に連れられて中へ入りました。僧院の三つの部屋には仏像を始めパドマサンババとその八変化像が祀られてあり、仏像は正面の窓を通して緑の山々を遠望していました。
僧侶の許可を得て三つの部屋の向いにある僧院に入ると、祭壇を前にして正面に大僧侶が座し、若い僧侶が向こう側に三列、こちら側に三列、向き合って並んで座つており、数名の僧侶がほら貝と太鼓をもって音楽を奏で、それに合わせて一斉に読経を始めました。
この仙境の聖地にやっとの思いで辿り着いたら、私たちを待ち受けてくれていたかのように密教の読経をしてくださった。私たちだけでこの神秘を体験できるとはなんと恵まれた事か、私はその荘厳の雰囲気に吸い込まれるように、打坐の姿勢をとり手に印を組んで、しばし恍惚感に酔いしれました。なんとも有り難いことに、心が浄化され、この世に生きていながらにして、「六道輪廻」の「天上界」を見させてもらいました。
そう、地上におけるこの「天上界」の実現こそが、ブータン人が究極に追い求めている理想郷であり、仏教国ブータンが世界に向けて発信すべき「国民総幸福」なのだと思う。
世界の遺産でなく、人類の生きた宝です。この発信はキリスト教における「天に行われんごとく地にも行われんことを」という祈りとも響振してくるものです。
こうした桃源郷がアジアの高峰に現存していることは、誠に有り難いことです。日本が近代化の過程で失ってきてしまった精神文化がまだ現存していました。人に宿命があるように、国にも宿命があり、日本は地政学的にもブータンになれないし、日本は日本の道を行けばいい。しかし、ブータンの精神文化は学ぶことができるはずです。
ブータン旅行を終えたいま、天上から流れくる滝の音と、若い僧侶たちの地鳴りのような読経の余韻のなかで、心が純化し満たされた平安を感じています。
聖地巡礼(ブータン5)
(左下はこれから登り始めるブロガー)
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