ブータン人の世界観というか心の底に流れているものは「輪廻転生」という循環思考です。ブータンを輪廻転生からみて行きますとよく理解できます。
ブータンでは、人が亡くなると輪廻転生して、また姿を変えて甦ってくると信じています。しかし、人間に甦ってくるとは限らず、馬や牛や犬に生まれてくるかも知れませんし、飛んでいる虫や鳥かも知れないし、川に泳ぐ魚かも知れないわけです。あるいは山の木となり、花となって甦るかわからないわけです。ブータンの人は目に映るすべてが、ご先祖の化身と信じています。
ですからブータンの人は、生き物を殺しません。蟻も蚊もハイさえ叩いて殺しません(ブ〜ンブ〜ンと飛び回ってうるさいので「お前は俺の祖先か」と聞くと「ハイ」だそうです)。
祖先は輪廻転生してまた生まれ変ってくることから、祖先供養をしませんし、花を切る事もしませんので花屋さんも存在しません。山々にいろんな動物が棲息していても狩りをしませんし、木を切るのにも許可が要ります。ヒマラヤ山脈から流れでる豊富な川に大きなマスやアユがいても、釣り人一人いません。また、祖先の生まれ変わりの野良犬の多さにも驚かされます。ついでにですが、ブータンの道に一つも信号機がありません。
生きている、活かされているすべてが輪廻転生した人間かも知れず、やがてまた転生して人間に甦るかも知れないわけです。仏教の教えである「六道輪廻」、天上、人間、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄の六つの世界をくり返し転生していると信じています。そして、その繰り返す苦の世界からの解脱を理想としています。
ですから輪廻転生して有り難く人間として生まれてきたこと自体、もうそれだけですでに「ハピネス(幸福)」なのですから、外国メデアの「あなたは今幸せですか」のインタビューは、ブータン人を理解していない愚問になります。しかも、現世で幸福に過ごさねば、来世で何に生まれ変わるかわかりませんので、当然「ハッピー」と答えるのに決まっています。現世でよい行いをして功徳をつみ、よりよく生きることで、来世でもよりよい境遇に生まれ変わることができるという「善因善果」の教を素朴に信じています。
私たちも仏教の教えがベースにありますので、漠然としてでも輪廻転生を理解できます。また日本でも多くの人が、なんの抵抗なく輪廻転生の「前世」を口にしています。私の身近な知人にもシーク派のインド人で徹底した菜食主義がいまして、ハエも殺しませんし、地中の根になる直物を一切食べません。ですから「輪廻転生」や「不殺生」は知識としてありそれほど驚くことでありません。
しかし、この世の現実に、21世紀の今日に至っても、仏教を国教として国民がこうした信仰の世界の中で生活していることに、大きな衝撃を受けました。にわかに信じられませんでした。
特に「不殺生」という戒めが、実際こうして活きてることは衝撃でした。生活の中に仏教信仰が生きているというか、信仰の中に生活があると言うのか、生活即仏教です。とにかく仏教が呼吸しているのです。まさに桃源郷の由縁です。
朝から晩まで祈りながら巡り歩く人たちが絶えることがない。
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