IMG_6212.jpeg これからスイスに出かけるという矢先に急いで更新です。
 機上で読もうとして購入した遠藤誉著「習近平VSトランプ」ー世界を制するのは誰かー(飛鳥新書2017年7月刊)を、昨日読みはじめたら停まらずに、夜更かしと早朝を使い一気に読んでしまった。
 遠藤女史は1941年に満州で生まれ、7歳のときに長春市の兵糧攻めで数十万人の餓死者で、足の踏み場もなく死者たちの上にシーツをひいて野宿しながら脱出しました。「半分は無感覚になって記憶を失うことで発狂を免れ、残り半分は発狂することによって死を免れていた」という中国動乱の地獄をみた人です。ですから女史の書く著書は、累々した死者の呪いの血で書いた中国論になっていて、一夜漬けの評論家など足元にもおよびません。
「誰も語らない北朝鮮問題の根本矛盾、AIIB、一帶一路の真の狙い」に関する分析は、時を得た核心テーマでたいへん参考になります。中国人の表裏を知り尽くした中国研究の第一人者です。私の中国観とスタンスは、遠藤女史に近いと思う。是非とものお薦め本です。
 そんなことで、機上で読む本は女史の「チャーズ」を持ち込むことにしました。

マッターホルン

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IMG_6207.jpeg まだなんの用意もしていませんが、今週からヨーロッパ・バーションに切り換えです。
 今回はスイスのマッターホルンの麓ツェルマットに2泊して、白ワインで今年の感謝祭を乾盃し、霊峰を遠望してきます。
 楽しみに待った霊峰を、遠望できるかできないかは、行った上での運任せ。天気予報によると気温5度、曇り多少の雪になっていますが、山の天気は変わりやすいので、どうなることかです。雲ならば私が吹き飛ばす。
 うまく写真を撮らえたらブログに更新、それとも絵はがきでの更新となるか、請御期待!
 以前に南米ペルーで世界文化遺産のナスカの地上絵を、セスナー機に乗って上空から観光したとき、ガイドさんが名言を吐きました「カメラで写真を撮ろうとせずに、裸眼で地上絵を楽しんでください。写真は着陸してから絵はがきを買えます」。これに納得して以来、観光地ではできるだけ裸眼で観て、眼の裏側で焼き回しするようにしています。
 「晴れてよし 曇りてもよし 待ったホルン」の心境で、スイスアミー・ナイフを持って出発です。

越冬スズメ

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IMG_6200.jpeg 10月から止めていたスズメの餌付け解禁。
 止めてから1ヶ月半になるのに、いまだに私が出勤するとスズメたち数十羽が飛んできて、オフィスの外に出るたびに飛んでくるので、柔弱不断な私めの心が折れてしまった。
 スズメたちは私を鳥類だと思ってか、すっかりカモられている。
 こうしたスズメたちを見ていると冬が近いことを知らされます。スリムだったスズメがお腹に卵を抱いているかのようにすっかり脂肪太りとなり、前よりも餌にがさつき、羽の色も越冬の濃いスズメ色?になっていました。彼らも生きるために一生懸命のようです。
 スズメ子と 声鳴きかはす ネズミの巣 (芭蕉)

流転の王妃

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lif1711160052-n1.jpg 今日は産経ニュースのサイトからです。
「満州国皇帝の弟の愛新覚羅(あいしんかくら)溥傑(ふけつ)の妻で「流転の王妃」として知られる嵯峨浩(ひろ)(1914〜87年)が結婚直前 の揺れ動く心境をつづった未公開書簡が見つかり、16日に、東京都千代田区の東京古書会館で報道陣に公開された。国策として進められた政略結婚の資料だ。浩は嵯峨実勝侯爵の長女で、女子学習院卒業後の昭和12年4月に関東軍の主導で溥傑と結婚」。
「とうとうあきらめて私は 死んだつもりで国の為に結婚しなければならなくなりましたの」、「本当にもっともっと平凡な結婚がしたうございました」、「お国の為になることなら私はどうなろうと満足でございます。決心と覚悟がつきました」。
 「流転の王妃」昭和の動乱に翻弄されながらも運命を受け入れた覚悟すごいですね。当時はほんとにお国のためでした。私は瀋陽に旅をしたときに愛新覚羅溥傑の記念堂を見てきました。日本の歴史遺産として記憶しておきたいものです。
 さてと、嵯峨姓はあまりないので思い出したのだが、私の小学4、5年生時のクラスに「嵯峨みどり」という子がいたと記憶している。たしか世界遺産に登録された富岡製糸内の社宅に住んでいて、顔が土地の人でなかったのでよく憶えているのだが、同級生に聞いても知らないという。転校生して来てまたすぐ転校したのか、私の幻の記憶なのかわからずにいる。次回、帰省したときに小学時代のアルバムを調べてみようと思っているが、誰か嵯峨を知らな〜いか、、、

読書の晩秋

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IMG_6191.jpeg 日本の思潮を知りたく、帰国の折りに必ず本屋さんに寄って横積み本をのぞいているのだが、最近めっきり増えてきたのが、老人関係の本となっています。需要と供給の関係で最も読者層の多い団塊世代がいよいよ老人問題を真剣に考えはじめようです。
 団塊世代は戦後レジームの流れのなかで、みなよい子に勉強し、律儀に活きて、憲法の改正もせぬまま、ドングリの小粒に成長してしまい、老いてまでもなお真面目に読書しています。まぁいじらしいと言えばいじらしいが。
 毎月の「文藝春秋」の特集は団塊世代向けの老後関連、何を今さらに「右に習え」だ放っとけ、もう買う気が失せてきた。時流にうまく媚びてきたお調子もの五木寛之が、相変わらず年下の団塊世代に「孤独のすすめ」と、五木の子守唄でもてはやす、おぃおぃまだ頑張っているのかい、、手にとって見るのも面倒になる「さらば五木の愚連隊」。
 それでも律儀な私は、アンチ老化派の佐藤愛子著「九十歳。何がめでたい」、土屋賢二著「年はとるな」、曾野綾子著「老いの僥倖」を、持ち帰ってきました。
 3週間も苦闘した原稿の修正が13日にやっと〆切となり、今日からの脳閑期にこの3冊から「読書の晩秋」となりました。

Hunt but not Kill.

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IMG_6172.jpg アメリカは今日から冬時間になりました。
 ハロウィーンが過ぎると今年もいよいよ第4コーナーにさしかかります。サンクスギビングデイから一気にクリスマスとなり、新年まで走り抜けます。アメリカのいちばん綺麗で楽しいシーズンになります。
 ここ10日間ほど原稿の大修正に追われて余裕のない生活でしたが、やっとあと1週間で渡せる目処がたち、今日は午後の公園を散歩して、晩秋の景色を楽しんできました。
IMG_6169.jpg湖水の小橋にさしかかると折よく"I love Fish"のトレーナーを着た子供が、大きな魚を吊り上げ魚をもってスマホで自撮しているところを見て可愛くなってしまった。子供たちは吊り上げた魚を "Hunt but not Kill" のルールで、家に持って帰らずに魚にキスしてまた湖水に惜しそうに放してあげるわけです。
 私のよきアメリカでの好きなシーンです。今日からトランプ大統領が訪日しています。腕白だった彼も"Hunt but not Kill"のルールで育っています。

ハロウィーン

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IMG_6165.jpeg ニューヨーク日本国総領事館からメールで、ハロウィーンの事故に注意との通知がきましたら、予想したように事件が起きました。
 ニューヨークのマンハッタンの下部地区で、テロ男が小型トラックで自転車道を暴走しながら通行人をはね、降車して銃を発砲し8名が死亡10数名が負傷と報じられています。
 最近、銃撃事件が各地で頻繁するので、事件に遭遇したらどう対処するか、極めて明解なマニュアルがあり;
 1、先ず逃げる。2、何かの壁や障害物のかげに隠れる。3、それでもだめなら闘え(そのさい命の保障はない)。以上。
 アメリカらしいマニュアルですが、これは日本の対ロケット野郎にも通用します。日本はそろそろ鯉口を切れ。

 我が家の今年のハロウィーンですが、お菓子をもらいに来る子供たちが、ここ数年では一番多かった。この日、お菓子をもらいに来る子供たちは大人を楽しませる奉仕だと思う。彼らの袋に沢山お菓子が入っているのに、この家で何をもらえるのかを、純真な目でクールに見ている。母に連れられてダウン症状の女の子が来たが、手を伸ばすだけで言葉にならない。この子に余分にお菓子をやらなかったのが悔やみです。
 今年はリスたちの悪戯が早かった。いつもだとハロウィーンのあとからカボチャを食べ始めるのに、すでに半分以上食べてしまった。たぶん今年は土手カボチャだったので、美味しいかつたのだろう。近頃リスがめっきり少なくなってきているので、こいつは嬉しいニュースでした。

ネパール料理

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photo3jpg.jpeg 10月はネパール料理で締めくくります。
 前回の香港でインド料理を食べたくなり、グーグルで検索したら近くに4.5星のネパール料理屋がみつかり、4人で歩いて行ってきました。廟街でにぎわう男人街の雑居にある小さな店で、入るのにちょっと躊躇したが、美味しいそうな予感がして入りました。中は8テーブルほどですが、ネパール人の5名とグーグルしてきたヨーロッパ系が14名ほどのお客でした。それはどうでもいい。
 早速にインドのビールを注文し、ネパール料理となりました。私がいま住んでいる隣り街は大きなインド人街なので、時おりインド料理を食べているので、味通になっているはずでしたが、この店のネパール料理の美味しさには驚きと幸せを感じてしまった。これまで食べていたインド料理がいったいなんだったのかと思えるほど「インド人もビックリ」味でした。アメリカのインド料理はこの滋味な味がでない、香港ならでわです。さすが香港、次回の出張時から常連になりそうです。また一つ香港の楽しみが増えました。
 別に無理して50年後に「中国の偉大な夢」が実現しなくても、すでに今ここにある幸せです。やはり香港を大切にしたいものです。
 それではよい11月をお過ごしください。
私は下旬にスイスのマッターホルン霊峰を遠望してきます。1度は行ってみたかったので今から楽しみしています。

秋桜・コスモス

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180px-Cosmos_hana03.jpg 当地も高速道路わきにコスモスが揺れています。だが、なにせ高速道路なので車を止めてゆっくり観賞できず、横目で「走馬看花」しています。
 コスモスは南米原産、メキシコからスペインに渡りコスモス(宇宙)と名づけられ、日本には明治20年頃に渡来したという。道理で芭蕉に秋桜の句がないわけです。こんな情緒的な花の名を、芭蕉が見逃すわけない。それに芭蕉の句にカタカナの花は似合わない。そこで芭蕉の代行として三休が一句ひねってみた。
  さよならと 風に手をふる 秋ざくら (三休)

秋桜

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IMG_6110.jpeg 17日にニューヨークに戻るとすっかり晩秋になっていた。
 今日は前回の出張雑感。
 今回JALの機上で見たいハリウッドの新作映画が一作もなく時間をつぶすのに苦労してしまった。こう連続して見たい映画がないのは、ハリウッド映画のズレなのか、私の感性の老化なのか考えこんでしまった。仕方なしNHKニュースを見た後は音楽を聴いていた。懐メロとして山口百恵の「秋桜」を目をウルウルさせて何度も繰り返し聴いていた。コスモスを「秋桜」とはきれいな日本語なので、大和言葉の当て字かと思い調べてみたら、さだまさしの作詞から始まった創作。彼の才を羨む。
 再びJAL機上、今回出てきた食事が吉野屋のテイクアウト用の牛丼。これはあまりに貧困。癒着か経営の合理化だけでは、日本的のよさを失ってしまう。さっそくクレームしておいた。
9088696875352637619.jpg さて話しを変えまして、私はいつも黒い旅行バックを引き、宿泊ホテルから忍ばずの池と上野公園を通って駅に向かっています。その際に目につくのがホームレスで、彼らは多くは使い捨てられた小さな黒い旅行バックを引きながら移動している。この姿と私とどう違うのか、彼らも人生の旅人なのかと、これもまた考えさせられてしまった。
 それとホームレス猫、不思議とホームレス犬はいない。今でも野良猫と言うのだと思うが、野良よりホームレス猫の方がしっくりくる。この猫と私と何が違うのかなと猫の顔をのぞき込んでしまった。彼らは冬はどうするのだろうか。